いま私たちが楽しんでいるボッチャは、重度の脳性まひがある人や、同じくらい手足に重い障がいがある人のために、ヨーロッパで考えられたスポーツです。
1984年にはパラリンピックに初めて登場し、世界に広がっていきました。日本では、1997年に日本ボッチャ協会が生まれ、全国での普及が進みました。
障がいの重い人のために考えられた
ボッチャは、もともと脳性まひのある人が楽しめるように考えられたスポーツです。体を大きく動かさなくても、ねらった場所にボールを近づけることで勝負できます。その後、広く親しまれるスポーツになりました。
さらにさかのぼると、国際パラリンピック委員会は、的に向かって石を投げる古代ギリシャやエジプトの遊びに、ボッチャのルーツがあると紹介しています。
遠いルーツと、いまの競技としてのボッチャの成り立ちは、分けて考えるとわかりやすいでしょう。
1984年、パラリンピックに登場
ボッチャがパラリンピックに初めて登場したのは、1984年です。イギリスのストーク・マンデビルとアメリカのニューヨークで開かれた大会でした。
このとき出場したのは、カナダ、デンマーク、イギリス、ポルトガル、アメリカの5か国から、男子11人、女子8人の合わせて19人でした。
いまでは、国際的な統括団体である World Boccia(ワールドボッチャ)が、世界共通のルールを定めています。
最近では、2024年のパリ・パラリンピックで、個人戦に初めて男女別の種目が設けられました。ボッチャの大会の形は、いまも少しずつ変わり続けています。
日本での広がり
日本での主な出来事を、年の順に見てみましょう。
- 1996年:国際的な団体のボッチャ競技規則集が、国内で初めて翻訳される。千葉でボッチャ選手権大会が開かれる
- 1997年11月:日本ボッチャ協会が設立される
- 1999年:第1回日本ボッチャ選手権大会が、大阪市で開かれる
- 2015年4月:一般社団法人日本ボッチャ協会となる
- 2024年7月:障がいのある人もない人も参加するインクルーシブな大会でも使える、競技規則の簡略版(フレンドリーマッチ版)が公表される
日本ボッチャ協会は、障がいのある人の競技力を高めることと、障がいのある人もない人も含めた、すべての人にボッチャを広めることを目指しています。ボッチャを通じて、障がいの有無に関係なく暮らせるインクルーシブな社会をつくることも、その目的のひとつです。
いまのボッチャ
いまのボッチャには、2つの広がりがあります。
ひとつは、競技としての広がりです。障がいのために車いすを使う選手たちが、国内や国際的な大会で競い合っています。日本の選手権大会でも、個人戦は男女別に行われています。
もうひとつは、誰もが楽しめるスポーツとしての広がりです。ショッピングモールや学校など、身近な場所で体験会が開かれ、子どもから高齢者まで、同じコートでプレーできます。
障がいの重い人のために生まれたスポーツが、いまでは、さまざまな人が一緒に楽しむスポーツになっています。
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